しろいひかり

新年をむかえて、街のにがてな雰囲気をなんとなくかわしながら過ごしていたらもう、一週間がすぎていた。

つい先日、入居希望の物件にキャンセルがでたので、電車にとびのってすぐに契約した。慎重なわたしの性格からは考えられないくらい、ながれに身を任せたことだった。だれかに背中をおしてもらってるような、みしらぬ風につつまれてるような、不思議な気持ちのまま、契約書にはんこを押した。

順番が逆になってしまったなと思いつつ、それからお部屋の内覧をした。

わたしのすきなオフホワイトの白い壁、間取りもぴったり、すこしふるいけどきれいで、しずかな部屋だった。窓がおおきくて、となりのお家との距離はちかいけどちゃんとひかりもはいる、思ったとおりの空気感。

帰りは、最寄りまであるいて帰った。駅が栄えてないから、まだなにもお店をみつけられなくて、地図をたよりにお散歩した。

春の匂いを想像してしあわせになった、ってすきな女性がかわいいことを言うもんだから、わたしも嗅覚をはたらかせて、こころを落ち着かせるように街のにおいを確かめた。


引っ越しすること、たのしみで仕方ないのだけど、すこし寂しくもなった。

わたしはいまの、この街のこと、すきなんだなと思った。だいすきな服屋があって、美味しい珈琲も飲める、にがてだったカレーパンをすきになるくらい美味しいパン屋もあるし、ふらっとはいれるいつもの飲み屋もある。駅から家までは遠いけど、その間のながい坂道がとてもすきだった。車はびゅんびゅん走るけど、見通しがよくて、ずっと先の信号機までみえる。赤と緑が混在する夜の灯りが、泣いたり笑ったりするわたしの帰り道のお供だった。

部屋のことも、すきなのだ。ふるくて、エレベーターがなくて、だれも気にしないから階段がきたなくて時々わたしがお掃除してた。駅から遠いし、フローリングじゃなかったし、ガスコンロもなかった。最初はこんなところに住むなんて、ゲーって感じだったのに、四年もいたら愛着が湧いていた。なにより、窓がおおきくて、日差しがやわらかいのだ。冬のひろい寒空のなかに枯れ木がさしこむ風景も、窓際のわたしのベッドにはいるあたたかい陽光も、そこでタオルケットにくるまってする日向ぼっことお昼寝も、お月様がよくみえるのも、すきなのだ。すきなひとと、寒いねってくっつきながらあたためたミロを飲み、ベランダで煙草を吸うのもすきだった。この部屋、なんだかんだいっても、出ていきたくないのかもしれない。


それでもわたしを待っているのは新生活なわけで、お仕事をやめるならこの部屋には居られないわけで。そう考えるとやっぱり、すこしさみしい。

でもいまのわたしは、素直に新しいことを心待ちにできている。ほんとうは環境が変わることも生活が変わることも得意じゃないはずなのに、何故だかいまのわたしは大丈夫なのだ。

新しい部屋でも、街でも、お気に入りのことがたくさんみつかるといいな。いろいろなものを愛せるくらい、わたしの心待ちも穏やかであれたらいいな。


冬と春の間のしろいひかりをいっぱい、いっぱい吸い込んで、色々な変化をうけいれたい。生活がたのしみだ。